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東京高等裁判所 昭和31年(ツ)11号 判決

上告人 被控訴人・原告 山高キヨ

訴訟代理人 永津勝蔵

被上告人 控訴人・被告 武部圭佑

主文

本件上告を棄却する。

上告費用を上告人の負担とする。

理由

上告代理人は「原判決を全部破毀する」旨の判決を求める旨申立て、その理由として、別紙のとおり主張した。

上告理由に対する判断。

借地法第一〇条は、賃借地上の建物を譲受けた者が、その敷地の賃借権を譲受けるか、又は敷地を転借しようとするのに、その敷地の所有者がこれを承諾しない場合には、建物を譲受けた者は敷地の所有者に対する関係では、権原なくして建物を所有して土地を占有することになり、そのままでは建物を収去して土地を明渡さなければならない関係になるから、その者に対し土地所有者に建物の買取を請求する権利を認めて、社会経済上の立場から、せつかく建つている建物の取毀を防止すると共に建物の譲受人の利益をも保護しているものである。他方、借家法第一条は、建物の賃借人の地低の安定をはかるために、建物が譲渡された当時に、その建物の引渡しを受けている賃借人は、その賃借権を以つて建物の譲受人に対抗し得るとしているのである。右のように両条の関係は、その立法の趣旨に照して考えても、相矛盾又は排斥しているものではない。借地法第一〇条の買取請求権が行使された場合でも、その実質は建物の売買であるから、建物の賃借人は、売買当時その建物の引渡を受けておれば、その賃借権を対抗し得る建物の買受人のなかから、借地法第一〇条による建物の買受人を排除する特別の理由はなにも見出すことはできない。この場合に借家法第一条の適用がないとすれば、建物の賃借人には、建物から退去せざるを得ないような余りに酷な結果となり、借家法第一条を設けて借家人を保護する趣旨が全く没却されるに至るが、他方、その土地の所有者は、その土地の賃借権の譲渡又は転貸を承諾するかしないかの自由を有していると共に、建物を買取請求権の行使を受けて取得するについても、それが実質上売買であることには変りがなく、その代金については、買受人に対抗し得る賃借権が存する場合には、そのことが家屋の価額の算定について斟酌されるのであるから、借家法第一条の適用があると解しても、通常の場合に比して特に不利益を受けることにはならない。右のような関係であるから、借地法第一〇条によつて建物が譲渡された場合にも、その建物の賃借人は借家法第一条によつて建物譲渡人にその賃借権を対抗できるものと解するのを相当とする。従つて、これに反する上告人の主張は独自の見解を主張するにすぎず、原判決の説明はかんたんに失してはいるが、結局において、上記説明と同趣旨であるから、本件上告は理由がない。

よつて民事訴訟法第四〇一条によつて本件上告を棄却し、上告審での訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

上告の理由

原判決は法律解釈を誤つて適用した違法がある。

上告人は、原審で借地法第十条によつて宅地所有者に対し建物の買取請求権を行使した場合には、右宅地上に存在する家屋(買取請求権の行使の客体となつておる建物)を、従前から正当に賃借しておる者と雖も、買取請求権の行使を受けて建物の所有権を取得したものに対しては、その賃借権を以て対抗し得ないと主張しておいた。処が、原審判決は、上告人の右の如き主張に対し、借家法第一条の規定には、前記の如き所有権取得者を排除するとの規定がないのであるから、当然に対抗出来ると判示した。のみならず、対抗出来ると解したとしても、買取価格たる時価の算定に当つては、右居住事実を考慮して価格が決定されるのであるから、この点から見ても、当事者間の公平を欠くような結果にはならないと説示しておる。

然る処、前掲記の判示は、次の理由からして失当である。

原審判決が説示しておるように、借家法第一条には、買取請求権行使の結果、家屋の新所有者となつた者に対しては、右家屋を従前から賃借しておる場合でも、その賃借権を以て家屋の新所有者に対抗出来ないとの除外規定が存在しないことは明白であるが、しかし、だからと言つて、右除外規定が存在しないと言う、ただそれだけの理由からして、賃借家屋の所有権を買取請求の結果、取得するに至つたものに対しても、その賃借権を以て対抗出来ると見るのは、条文の表現形式にのみ拘泥した所謂文理解釈の弊に陥つた結果であると言うべきである。何故となれば、法は綜合的立場に立つて、論理的に、しかも、合目的々に解釈しなければならないからである。今、借家法と同時に制定された借地法を見ると、その第十条には、賃貸人が賃借権の譲渡又は転貸を承諾しない場合は、賃貸人に対して、その取得した建物を時価で買取るように請求し得る権利を、その取得者たる第三者に与えておる。

右の如き買取請求権を第三者に賦与したのは、民法だけの立法精神からすると、賃借権を無断で譲渡又は転貸したような場合には、同法第六一二条第二項の適用によつて、賃貸借契約は解除せられ、その結果、賃借人又は転借人は家屋を収去して土地を明渡ししなければならない結果となるので、経済政策的な立場から、右の如き結果の発生を防止するために取つた立法措置に外ならないのである。従つて、右買取請求権行使の結果、家屋の所有権を取得するに至つた者に対しても、従前からの賃借人が、その賃借権を以て家屋の取得者に対抗出来るとなすためには、それだけの合理的理由がなければならない訳である。そこで、次に、この点につき検討して見よう。

買取請求権の行使の前提には、賃貸人に於て、権利の濫用に該当しない限り、賃借権の譲渡又は転貸を承認しないことの出来る自由権を有しておることを予定しておる。そこで、賃借人が賃貸人の同意を得ないで、賃借権を無断で譲渡すると、賃貸人は当事者間の人的信頼関係を破つたものとして、賃貸借契約を解除することも出来れば、将亦賃借権の譲渡を不承認する挙にも出で得る訳である。この場合、建物の譲受人は、止むを得ない手段として、初めて買取請求権を行使する結果となるが、その場合に於ても、建物の譲受人は当該取得建物を使用収益することは勿論出来ない処であるのに反し、当該建物を従前から賃借しておる者は、建物の取得者に対し、その賃借権を以て対抗出来るものなりとすれば、その間の不公平は極度に甚しきものと言うべく、又一方、賃貸人には有無を言わせず、従前からの賃借人の有する賃借権を押し付ける結果ともなるのであるから、これまさに条理に反する処と言うべきであろう。

さすれば、借家法第一条と借地法第十条との、合理的解釈の結論は、次の通りとならざるを得ない。すなわち借家法第一条の適用を見るのは、当該賃貸建物の取得原因として、その取得が取得者の自由意思に基いて行われた場合(相続の場合は包括的地位の承継として勿論含まれる)にのみに限るものであつて、買取請求権の如き形成権の行使の結果、賃貸人の取得意思の自由が許容されていないような場合には、借家法第一条の適用を見る余地が全然ないのである。

前叙した通りであるから、原判決は当然に破毀さるべきである。

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